ツールドおきなわ2017レース編
昨夜は21時には就寝して、今朝は4時起床。スッキリと起床できた。
5時05分くらいに朝食が食べられるか偵察に行くも断られたので、15分後に再度挑むもやはり駄目。
きっちり5時半から朝食開始。予定通りの品を腹に詰め込んでおく。わりと苦しいがこの先のレースのことを思えば仕方が無い。
6時前にホテルを出発。北風が強めで自走でいく選手は少々大変なのでは。車で送ってもらう私は勿論アップ無しです。
例年より遅めに会場入りしたので、既に並んでいた脇に陣どる。ある程度前方からスタートはしたいが、シード権があるわけでもなし、100番手以内ならレース展開にはそれほど影響はない。
今年はスタートまでもかなり涼しく、直前まで身体を冷やさないようジャケットを羽織っていた。
補給食も予定通りスタートまでに摂取し終える。
唯一の心配事は、『大』があまり出ていなくて、途中でもよおさないかってこと。
昨年より15分ほど早くスタート。関門打ち切りの時間は変更が無いので、完走目的には有難いところ。
スタートしてからは基本的に先頭が見えるか見えないか付近を走る。もう少し前に行きたかったが、集団を抜け出す勢いがないと難しそうだったのでボチボチの位置をこなす。
5.0kmからの逃げが出来ていたのは結局知らなかった。
本部半島内の落車危険ポイントを前方でクリアしたかったがそれもかなわず、何事もなく過ぎてくれるのを待つしかない。
美ら海水族館の坂では少々登りが重い印象があって、この先大丈夫かと心配にもなる。
途中から誰かの剥がれたヘルメットシールがシートステイにくっついて取れず、異音を発し続けるのにストレスを感じる。数名の選手に指摘されたが、集団内では取るわけにもいかなかったので我慢して進む。チェーンやスプロケに絡まったら困るな。
しかしもっとも危険なポイントでやはり落車発生。完全に道が塞がれたのを左右からシクロクロス状態で交わしていく選手たち。
自分は担がずに前がクリアになるのを待っていたら少々置いてきぼりに。ただ隣に昨年2位だった井上選手が居たので、彼なら間違いなく集団に復帰するだろうと読んで着いていく。
58号に出て集団のペースも緩んでいた際に集団に復帰できた。復帰直前に頑張って懸案のヘルメットシールを取り去ることに成功。これは嬉しかったわ。
58号は30〜100番手の位置で温存。途中で1回集団内落車があったがほぼ影響なし。
大宜見を過ぎてからなるべく少しでも番手を上げるよう努力し始めるが、ほぼ同じ位置に居た井上選手は与那までに上がったが、私はそのまねは出来なかった。
普久川は例年千切れる箇所よりは先まで集団に付いていたが、KOMまでには完全に先頭集団とは離れる。ただ周りにはまだ多くの選手が居るので、下り始めればほぼ第2集団となりそう。
予定通り補給所までにCCDボトルを捨て、スポーツドリンクボトルを1本貰う。
奥までに30名ほどの集団となり、ほぼペース走で距離をこなす。上げ下げも少なく走りやすい。
西海岸は追い風もあって2〜3名ほどで抜け出たりもするが、あとからスタートした100kmの先頭集団に追い付かれて、どでかい集団になってしまう。
一応100kmを先に行かせるが、混走になるのは仕方が無い。おかげで2回目の与那までは楽々進むことが出来た。
2回目の普久川で100km先頭集団とは離れて、これまで一緒な選手たちと付かず離れずでクリアする。100kmや140kmの千切れ組を吸収しながらある程度の人数を確保しつつ。
引かなくても良さそうな場面では集団に任せて引かないようにした。登り箇所もそれほど出力は出していない。
慶佐次の補給所では、涼しかったためか2回目の普久川で貰ったスポーツドリンクと別の1本がまだあったので、先の距離を考えて貰わず。
東村から大浦までは昨日の試走で40分だったので、川上関門までは1時間ちょっとで行けると推測。残り時間はまだ2時間程度あったので、残り35kmほどでほぼ完走は確信する。
最後の羽地ダムの登りはまあ登るだけなので、トンネル先の丘で応援している奥さんからコーラを貰って、川上関門は40分以上余裕を残して通過。
2015年に初完走したような感慨はまるで無く、残り10kmもなるべく前でゴールすべく他力本願を使いつつペースは上げる。
最後は100km選手と入り乱れてのスプリントで、脚はまったく余裕があったのに、前の選手がタレて止まるのを交わせずに210kmの2名の後塵を拝す。
ゴールしてもまったく脚にも身体にも疲労感が無かったのには我ながら驚いた。まだ100kmくらい余裕で走れそう。
- 市民210km 105位
5:52:15.564 トップから+27:10:33 Ave.35.7km/h
チームメイトの渡辺さんが30秒前でゴールしていたらしく、知っていたら30秒くらい詰めたんだけど。